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2011 年3 月21 日

放射能汚染野菜の販売規制は問題

 放射能汚染野菜の販売自粛は、次のような内容の17日付の厚労省食品安全部長通知によって行われている。
 「平成23年3月11日、東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故に係る内閣総理大臣による原子力緊急事態宣言が発出されたところである。このため、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もって国民の健康の保護を図ることを目的とする食品衛生法の観点から、当分の間、原子力安全委員会により示された「飲食物摂取制限に関する指標」を暫定規制値とし、これを上回る食品については食品衛生法第6条第2号に当たるものとして食用に供されることないよう販売その他について十分処置されたい。」

 食品衛生法6条2号は、「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるもの。」は「これを販売し(不特定又は多数の者に授与する販売以外の場合を含む。以下同じ。)、又は販売の用に供するために、採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない。 」と定めているにすぎない。
 そうすると、食品安全部長通知は、食品衛生法6条2号の解釈基準ということでしかない。
 しかし、この解釈基準は合理的なのか。今朝のTV番組を見る限り、東工大準教授は現在発表されているような放射能濃度では何ら健康には影響がないレベルだということをしきりに強調していた。

 ところが、首相は、原子力災害対策本部長名で、福島県知事等に対し、原子力災害対策特別措置法20条3項に基づき、福島県産ホウレンソウや原乳等について、当分の間、出荷を控えるよう関係事業者等に要請するよう指示を発した。

 そんな緊急を要する状況なのだろうか。しかも、知事に、「関係事業者等」に対して、「出荷を控えるよう要請する」権限があるのだろうか。
 しかも、「指示」ということになると、先の食品衛生部長通知が単なる法令解釈の基準であるから、福島県知事等とすれば、TV報道や関係部局の見解に基づいて部長通知に従わないことも十分に可能であったのに、「指示」ということになると、そんな対応は許されないということになる。未曾有の緊急事態であるとしても、あまりに拙速で、ちぐはぐで、被害自治体に二重三重の追い打ちをかけるものではないか。


投稿者:ゆかわat 22 :53 | ビジネス | コメント(0 )

誰が小沢一郎を殺すのか?(2)

 ウォルフレンの著作をこの連休でざっと読んでみた。やや短絡的に感じる部分もあったが、全般的に非常にすとんと腹に落ちる論述である。

 日本では「法律は権力システムの枠外に位置づけられ」「法律は政治に関して許容すべきことととそうでないことを決定づける最終基準にはなっていない」。「日本の官僚は法律に支配されるのではなくみずからがそれを支配する」。「日本の法律には、検察がみずから達成しようとする目標に合わせてできるだけ自由に解釈できるような、意図的にあいまいな表現が使われている。」そして、日本の政治・経済システムの秩序維持のために、その範囲を逸脱した人物を罰するのが検察の役割であり、そのために使われるのがスキャンダルである。

 日本の典型的なスキャンダルは、1990年代初めの証券スキャンダルであり、リクルート事件でありライブドア事件であった。証券スキャンダル事件(損失補填)は、当時の金融システムを維持するために金融官僚の指示と承認の下に適法に行われてきたが、あまりにガリバー化した野村証券が既存の金融システムを脅かすとみなされて罰されたのが証券スキャンダル事件であった。著者を含む海外メディアには「一体こうした事件のなにが問題なのかが理解できない。」という。

 ライブドア事件も、「堀江氏を引きずりおろすためのスキャンダル」であり、「まず検察は堀江氏が不正を働いたかのように見せかけるシナリオを用意した。それからチームが組まれ捜査が行われた。そして堀江氏に対する取り調べは、真実をはっきりさせるためではなく、あらかじめ組み立てられたシナリオに合致する証拠となる主張を引き出すために行われた。」「検察のやり方は超法規的である。」「日本の検察は法律によって規定された、許容すべきことと許容すべきではないことの枠組みを越えた領域で動いている」。

 小沢事件は、「小沢氏を引きずりおろそうとするキャンペーン」である。なぜ小沢氏の政治生命が抹殺されようとしているのかといえば、彼が日本の政治・経済システムを変革する実行力を有しているからであり、アメリカとの従属関係を軸とする日米同盟を対等な関係に(自立・独立)することを指向しているからだ。「高級官僚のみならず、日本のメディアが、非民主的であり悪しきふるまいだなどと非難の矛先を向けるのは、その人物が非公式な権力システムを揺るがしかねないからである。そしてメディアこそ、そのような非公式なシステムの一翼を担っているのだ。」だから検察はあいまいな表現で恣意的な解釈のできる政治資金規正法違反を立件しようとしたが、「他国であればだれも気にとめないような」「容易に解決可能な小さな管理上の不正行為にすぎない」から、立件はできなかった。ところが、「政策に無関心」で「横並び報道」しかしないメディアは一斉に小沢氏の率いる民主党政権を攻撃した。

 改めて、現在の小沢パッシング、民主党パッシングの本質を見るべきである。これはまさに55年体制に時計の針を戻そうとする壮大な「画策者なき陰謀」ではないか。

投稿者:ゆかわat 21 :52 | ビジネス | コメント(0 )

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